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【三体】異星間戦争ものだと思ったら近未来空想宇宙科学技術展覧会だった感想

ここ数年読んだ本の中で一番面白かった小説はアンディ・ウィアーの『プロジェクト・ヘイル・メアリー』です。これは衰弱する太陽と太陽系を救うために一隻の宇宙船で別の恒星を訪れる話で、主時間軸で出てくる登場人物は1~2人、ほとんど宇宙船の中で完結するコンパクトにまとまったSFです。出てくる科学技術もアストロファージという微生物を除けば現代技術の範疇に収まっていると思います。この全てがアストロファージに収束するまとまり方が個人的な好きな部分の一つでもあります。

 

さて、このプロジェクト・ヘイル・メアリーからの流れで読んだ大人気小説の『三体』ですが、こちらはてんこ盛りもてんこ盛りな大規模SFでした。冒頭こそ中国の文化大革命から始まるのですが、内容は科学者賛歌で、近未来の科学技術が物理法則を網羅する勢いで出てきます。登場人物も多く、視点になった人物だけでも10人はいそうな群像劇です。三体の面白さは次から次へと繰り出される空想科学技術と、それを演出する人物、空間、時間のスケールの大きさで、同じ宇宙SFでもプロジェクト・ヘイル・メアリーとはベクトルの違う楽しい小説でした。あまりにもボリュームが多いので、科学技術要素に焦点を当てて感想を整理したいと思います。

 

 

 

三体問題

★★☆☆☆

★は個人的な面白さ。三体問題は題名になるくらいなんでもっとシナリオに絡むかと思ったらあまり大きな要素ではなかったですね。題名にあるので三体星系の秘密には簡単に気づけますし、個人的には特別面白い要素ではなかったかも。三体恒星を破壊した時に何か新展開があるかと思いましたが特になく、あくまで導入の要素でした

 

智子、陽子コンピューター

★★★★★

陽子をスーパーコンピュータ―にすれば数光年離れた土地でも活動できる、という設定がとても面白かったです。低次元展開はトンデモ科学ぽいですが、量子テレポートで光速無視して情報伝達するのは理屈が通ってる雰囲気があります。とはいえ1粒子なので出来ることにも限りがあるバランス感覚も好きです。やることが粒子加速器の実験への介入なのも設定の基での理論値ぽくて面白いと思いました。

この智子の存在が面壁者計画に繋がるのもぶっ飛んでますが納得感はあって良かったです。

 

VRゲーム

★☆☆☆☆

これも本のあらすじに出てた要素なので、宇宙という神秘的な要素とどう結びつくのか楽しみにしてたのですが、導入だけの役割でした。三体惑星の歴史と環境を知れる部分ではあったのですが、読んでいて三体星人の知識が必要になることがほとんどないのが致命的でした。脱水も何だったんでしょう。

 

カーボンナノワイヤー

★★★★☆

汪淼が結構好きだったので割とあっさり退場したのが残念でした。その分階梯計画で再び技術が見えた時嬉しかったです。ETOのナンバー2も結構説明あったのにあっさり死んだのが懐かしいです。

 

太陽電波増幅

★★★★★

太陽のような人知の及ばないスケールの自然を人工的に利用する発想が好きです。現代技術でいうとスイングバイにロマンを感じます。また、プロジェクト・ヘイル・メアリーでもありましたが、主人公の専門性のおかげで科学的に特別な立ち位置になるのは好きな展開です。文潔がメッセージを送信したり口止めしたりする流れは結構緊迫感があって楽しめました。

 

イマジナリー(ガール)フレンド

★★★★☆

最初は説明が長いわりにどういう要素か分からなかったのですが、頭の中だけで計画を完結させる面壁計画に繋がることが分かるとかなり面白かったです。空想上の彼女に程近い人間が現実に存在するのは、無限の可能性がある宇宙に別の生命が存在することと同じくらい神秘的で「三体」科学的だと思いました。羅輯は感情表現豊かでコミカルなところが主人公らしくて好きです。

 

冬眠

★★★★★★

個人的に三体を代表する科学技術でした。主人公が冬眠から目覚めるたびに世界が変化しており、過去の人物と未来の人物が入り乱れて物語に推進力が生まれていたと思います。一番好きな冬眠は最初の羅輯の目覚めです。医療機器としての冬眠の要素も入れながら、羅輯が目覚めた先が明らかに現代と違っており、長い時間を越えたことを実感させました。それまでの登場人物の多くが死んだ代わりに、科学技術が予想を超えて進歩しており、状況の変化がとても面白かったです。

 

情報ウィンドウ

★★★☆☆

普通に未来らしくて良かったです。情報ウィンドウ自体に特別な面白さはないのですが、たびたび壁をタップすることが癖になった未来人の描写が出てきたのは笑えました。会議で机をタップして不機嫌になる議長がシュールで好きです。

 

水滴

★★★★☆

陽子を操作するほどの超科学技術を持つ三体星人の物理的最高攻撃は何か、という問いに強い相互作用が出てくるのがとても興味深いと思います。色々な科学的制約をとっぱらってまさに理論値が出てくるのがSFらしくて良いです。強い相互作用物質を生み出す原理はふわっとしているのも理論だけで考えている感じが出ていました。

 

面壁計画、破壁人

★★★★☆

自分が面壁計画を面白いと思えていたか自信はないです。せっかく星間戦争なのに個人の頭の中だけで完結させるのはもったいないという気持ちはありますが、計画の規模はそれぞれ大きいので面白さもありました。また、破壁人に看破される流れは全部面白かったです。

 

羅輯の呪文

★★★★★

羅輯の呪文は面白かったです。その前にかなり説明されていたので予想はできましたが、卓越した科学技術を持つ三体星人に勝つ手段としてとてもスマートだったと思います。最初に示された宇宙社会学の話も繋がり、黒暗森林の読後感の良さが生まれています。

 

精神刻印

★★☆☆☆

ハインズの面壁計画はゴールが分かりにくかったですが、破壁人の正体が分かる流れは面白かったです。精神刻印程度の意思決定能力の書き換えなら賛成です。不味いもの美味しく食べたり面倒な仕事無感情で終わらせられそうです。

 

階梯計画

★★★★☆

人間一人分の重量すら飛ばせないから脳だけ飛ばして復元してもらおうというアイデアがぶっ飛んでいて好きです。上述したようにカーボンナノワイヤーが再登場するのも好きですし、方法も地に足ついてて現代でギリギリやれる計画だと感じました。一方でその顛末は一旦もやもやさせました。

 

おとぎ話

★☆☆☆☆

完全に本編外のおとぎ話が長々と綴られていて怖かったです

 

4次元の泡

★★★★☆

人間が4次元空間に入っても無傷で帰れるあたりが三体の世界観だなと感じました。物理現象はただそこにあるだけで、それを利用するか悪用するかは人間次第なのが現れていると思います。

 

光速度変化

★★★★★

地球人類が最後に挑む壁として真空中の光速に辿り着くのはこれまでの「三体」科学史の究極とも言えます。宇宙において絶対なものは光速だけという言及がありましたが、実際物理法則の中でラスボスを決めるとしたら光速になるのではないでしょうか。それくらいこの展開には納得感がありましたし、光速度変化が暗黒森林に対する防衛策になる理論も筋が通っていたと思います。過去の光速はもっと速かったかも、みたいな話は面白かったですが、それに対してアインシュタインの等式が乱れることについては上手く濁されたなあという感想です。

 

次元兵器

★★★★★

次元を下げながら宇宙は続いていくという暗黒森林へのアンサーも込みで好きです。2次元世界を想像したことはありますが、それをすばらしく描写してくれたと思います。正直文章だけでは思い描くことは難しかったですが、ゴッホの星月夜の例えは分かりやすかったです。今度実写化するネトフリ映画にこのシーンが含まれるならとても期待したいと思います。

 

まとめ

概ね自分が興味を持った科学技術については言及したのではないでしょうか。振り返るとやはり冬眠による時代スキップが三体を支える興味深い要素でした。後半になるほどカジュアルに冬眠し、主人公は据え置きで「三体」歴史の美味しいところだけを描写していたと思います。全く希望のある結末ではありませんでしたが、それでも天明の愛を含めて綺麗に世界を終わらせたと思います。文化大革命から始まり、技術者賛歌を本筋としながら次元の違うスケールが楽しい小説でした。